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「誰もが認める破格の人」梅原猛氏お別れの会

梅原猛さんお別れの会 哲学者・梅原猛さんの遺影が掲げられた祭壇に、多くの参会者が献花した=21日午後、京都市下京区のホテルグランヴィア京都(永田直也撮影)
梅原猛さんお別れの会 哲学者・梅原猛さんの遺影が掲げられた祭壇に、多くの参会者が献花した=21日午後、京都市下京区のホテルグランヴィア京都(永田直也撮影)
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 白いカーネーションやバラの花で飾られた祭壇中央の柔和な笑顔の遺影が、ジャンルを超えて多くの人びとに慕われた人柄を物語っていた。

 古代史に大胆な仮説を打ち立て、「梅原日本学」と呼ばれる独自の学問を確立した、哲学者で国際日本文化研究センター(日文研)の初代所長、梅原猛さんのお別れの会。あいさつに立った日文研所長の小松和彦さんは「先生は知の巨人、学界の風雲児、激情の人、人情の人、妄想の人、京都の妖怪…などさまざまに評されました。そうした評価も面白がっておられ、幅広い学識と人情味あふれる人柄に、多くの人が心ひかれました」と惜しんだ。

 哲学者の鷲田清一さんは、梅原さんについて「だれもが認める破格の人でした。群を抜き、誰も追いつけない」と語った。「大胆な推論を次々と打ち出す人でしたが、奥底に潜むのは、悲嘆に暮れる人に安らかさをもたらしたいとの思いがあった」と振り返った。

 また、アイヌ研究がきっかけで、約40年にわたって親交のあったアイヌ文化継承者の豊岡征則さんが主宰する「アイヌ詞曲舞踊団モシリ」のメンバーが、惜別の歌と踊りをささげた。

 この日は、国文学者の中西進さん、歴史学者の磯田道史さんら、交流のあった研究者ら約500人が集まり、別れを惜しんだ。一般の人々の献花も行われた。

 1月12日、肺炎のため死去。享年93。

(横山由紀子)

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