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筋ジスと闘い、寝たきりでSNS 友達2400人

パソコンのモニターを見る蔭山武史さん。黒い針金のような形のマウスをあごに当てて操作している=神戸市北区
パソコンのモニターを見る蔭山武史さん。黒い針金のような形のマウスをあごに当てて操作している=神戸市北区
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 全身の筋肉が衰えていく難病の筋ジストロフィーと闘う蔭山武史さん(42)=神戸市北区=が、声を失った自らの闘病体験を教訓にしてもらいたいと、寝たきりで情報発信を続けている。わずかな筋力でパソコンを操作して自伝を書き、会員制交流サイト(SNS)を通じて2400人以上の友人と出会った。「生きる勇気と希望を届けたい」。情熱は衰えず、5月18日には患者の人権について考えるシンポジウムを開く。(小野木康雄)

 蔭山さんは5歳で筋ジストロフィーと診断された。小学3年のときに入院して以来、兵庫県内や徳島県内の病院で暮らしてきたが、8年前からは在宅療養を続けている。

 現在は人工呼吸器を24時間つけたまま、寝たきりで過ごす。何かの拍子でいつ管が外れるか分からず、毎日が死と背中合わせという恐怖は消えない。それでも、わずかに動くあごを使って特殊なマウスを動かし、ベッドに固定されたモニターを見ながら“筆談”で思いを伝える。

 平成22年には自伝『難病飛行-頭は正常、体は異常。』(牧歌舎)を自費出版。そこに、29歳で声を失ったことによる医療への不信感を、こうつづった。

 《なぜ、あのときに教えてくれなかったのか? だまされたといったら言い過ぎかもしれませんが-》

 18年2月、肺炎を患った蔭山さんに、当時の主治医は「死か気管切開しかない」と迫った。呼吸筋が衰えてたんを吐き出せなくなった筋ジストロフィー患者にとって、肺炎は呼吸困難に直結する死の病。蔭山さんは手術を受け、代償として声を失った。

 だが、実際には気管切開をしない「非侵襲的陽圧換気療法」(NPPV)という選択肢もあった。鼻マスクやマウスピースを使って空気を取り込む方法で、会話や食事の制限は少なく、生活の質(QOL)を維持しやすい。蔭山さんは手術の半年後にインターネットで存在を知ったという。

 自暴自棄にならなかったといえば嘘になる。それでも母、節子さん(76)ら家族に支えられ、「楽しく前向きに生きることをあきらめない」と誓った。

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