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【寅さん50年 男はつらいよを読む-吉村英夫】(2)失恋、失恋、また失恋

失恋続きの車寅次郎を演じた渥美清は昭和44年、実生活で結婚式を挙げた
失恋続きの車寅次郎を演じた渥美清は昭和44年、実生活で結婚式を挙げた

 「お笑いくださいまし、私は死ぬほどお嬢さんに惚(ほ)れていたのでございます」

 『男はつらいよ』第1作(主なロケ地=奈良市)で車寅次郎は、柴又帝釈天の御前様(笠智衆)の娘冬子(光本幸子)に恋したもののダメだった。

 「惚れる」との言葉遣いに渡世人として生きてきた寅の過去が浮かび上がる。お嬢さんの結婚相手は大学教授であり、寅とは住む世界が違う。第2作『続 男はつらいよ』(主なロケ地=京都市)も寅の恋敵は医者(山崎努)で、第3作『フーテンの寅』(主なロケ地=三重県)も大学教授。すべて手痛い失恋で、周囲の人々にも笑われる。

 シリーズ初期、作者の山田洋次は、堅気(かたぎ)ではない寅を「上から目線」で見ているように思わぬでもない。たかがフーテンであり失恋するのが当たり前だ、と。しかし、寅は情に厚く弱者への共感にあふれる人間でもある。そんな彼の失恋は残酷なものとなる。

 残酷さが極まるのが第5作『望郷篇』(主なロケ地=千葉県)。豆腐屋の娘節子(長山藍子)に恋い焦がれる寅は、節子から「ねえ、寅さん。できたらずっとうちの店にいてもらえないかしら。ダメ?」と言われる。えっ、プロポーズ?「俺は、ずっとそのつもりだったし、昔から豆腐は大好きだからな」。節子「本当によかったわ、これで安心できる。うれしいわ」。

 物陰でこの会話を聞いていた源公(佐藤蛾次郎)が「兄貴、おめでとう」と祝福してくれる。寅は、節子の家に婿入りして豆腐屋になって地道な生活をしようと決心するのだった。

 だが実は、節子は家業を放棄して好きな男と家を出ることを望んでいたのだ。寅、またまたの失恋。観る側は残酷にも爆笑である。

 ただし節子の相手は国鉄(JR)の機関車運転手の庶民派で、玉のこしに乗るのではない。寅の失恋の痛手が極まったとき、山田洋次の寅への目線は「上から」ではなくなると言ってよい。第6作『純情篇』(主なロケ地=長崎県)のマドンナ(若尾文子)も身分違いではない。

 昭和44年8月の第1作公開から、46年1月の第6作公開まで1年余り。失恋続きの寅だが、人気はうなぎ上り。長期シリーズの様相が見えてくる。

よしむら・ひでお 映画評論家。三重県の高校教諭を経て、三重大学非常勤講師、愛知淑徳大学文化創造学部教授などを歴任。『完全版 男はつらいよの世界』(集英社)、『松竹大船映画-小津、木下、山田太一、山田洋次の描く〈家族〉』(創土社)など著書多数。津市出身。79歳。 

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