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夜間中学はいま(4)「消えた子供」に芽生えた選択

 5歳のときに両親が離婚。一緒に暮らす母親が脳梗塞を発症したのは7歳のときだった。目の前で母親が倒れたことはおぼろげに覚えている。点滴を受ける母親の通院に付き添ったが、病状は次第に悪化し、寝たきりに。母親の介助に料理などの家事手伝い。働き手のいない家計は苦しく、登校できなくなった。「外にはおつかいで出かける程度。相談できる相手もいませんでした」

 家では、かつて塾講師をしていた母親に算数を教わった。漢字は辞書で勉強し、覚えるためにその字を織り込んで詩を書いた。自分を一番表現できるのが詩だという。だが、将来のことを考えると不安がふくらみ、胃がキリキリ痛んだ。

 15歳のある日、おつかいの帰り道で一枚のポスターが目に入る。夜間中学生の募集だった。「どんな学校なのか分かっていませんでしたが、私も通えるのかな、ここで学びたいな、と心から思いました」。山崎さんが登校できない状況を気にかけていた母親も「夜間中学に行かなあかんなぁ」と言った。

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