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【竹島を考える】韓国の赤化とは赤子(あかご)化 下條正男・拓殖大教授

 だが伊藤が予言したように、近代的な徴税制度の導入に反発する者たちが現れた。かつて地方官として農民を収奪していた両班(ヤンバン=李氏朝鮮時代の支配階級)たちである。徴税の既得権を失ったことに不満を持ち、「租税ハ皆是レ日本政府ノ所得ニ帰スルモノナレハ、韓国民ハ之カ納入ノ義務ナシ」、「日本官吏ノ徴収スル所以(ゆえん)ノモノハ、韓国政府経営ニ必要ナル金額ヲ控除シ、其ノ余剰ハ悉(ことごと)ク日本ニ輸送スル」などとして農民らを煽動(せんどう)し、「ロウソク革命」的な示威行動に出たのである。

ポピュリズムに堕した文政権

 これと似た示威行動は、1919年3月1日の「独立宣言」の際にも起きていた。日本は1910年に大韓帝国を併合し、総督府政治を始めていた。その施政の方針は、統監府時代を踏襲するものだったが、元朝(モンゴル)以外に直接、異民族に統治された経験のない朝鮮半島の人々にとっては違和感があった。

 折から、第一次世界大戦が終結して、米国のウィルソン大統領によって「民族自決」が唱えられると、その影響は朝鮮半島にも及んだ。この時、フランスでは第一次世界大戦を処理するためのパリ講和会議が開かれ、国際連盟規約草案検討委員会では、日本政府が「人種差別撤廃」を規約の中に入れるよう提案していた。

 だが「人種差別撤廃」案は、「民族自決」を唱えたウィルソン大統領の反対で成立しなかった。米国では、黒人やアジア系移民に対する差別が深刻だった。

 1919年の「独立宣言文」では、そのウィルソン大統領による「民族自決」の影響を受けて高邁(こうまい)な精神が謳(うた)われていた。だが独立宣言をしたからといって、独立できるものではない。朝鮮は日清戦争で清朝から独立して大韓帝国となったが、自立して国家を経営した経験がなかったからだ。

 それを危惧していたのは伊藤である。伊藤の「施政の改善」には、国家経営の基礎である「地方自治」を大韓帝国に実現する目的もあった。

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