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平城京遷都を主導、興福寺造営…知られざる藤原不比等顕彰へ

興福寺の中金堂=奈良市
興福寺の中金堂=奈良市

 興福寺(奈良市)は春日大社(同)と合同で、律令制度を確立した飛鳥~奈良時代の政治家、藤原不比等(ふひと)(659~720年)をしのぶ没後1300年の御遠忌(ごおんき)式を5月3日に行う。不比等が創建し、昨秋に約300年ぶりに再建された中金堂の前庭が舞台。不比等の大規模な御遠忌式は初めてといい、平城京遷都などの知られざる功績が見直される機会となりそうだ。

 不比等は藤原氏の始祖、中臣鎌足(なかとみのかまたり)の次男。飛鳥時代に法典「大宝律令」の制定に尽力するなど活躍し、右大臣として奈良盆地南部の藤原京から北部の平城京への遷都を導いたとされる。律令国家の基礎を築く一方で、皇室と姻戚関係を結ぶことで地位を固めた。しかし、一般の知名度は低く、功績もあまり知られていないのが現状という。

 こうした中、藤原氏の氏寺である興福寺では昨年10月、中金堂が約300年ぶりに再建され落慶法要を迎えたのを機に、氏神の春日大社と神仏合同の御遠忌式を計画。当日は淡海(たんかい)公と称された不比等の御影(みえい=肖像画)を中金堂内陣に掲げ、神職と僧侶が前庭で神道の祝詞(のりと)奏上や仏教の読経などを行う。奈良市内ではこの日、倉本一宏・国際日本文化研究センター教授による記念講演も予定され、時の実力者、不比等について広く知ってもらう考えだ。

 興福寺の多川俊映貫首(かんす)は「平城京遷都の構想と企画は右大臣だった不比等が主導したのだろう。1300年御遠忌を機に、平城京遷都と興福寺造営をセットで成し遂げた大人物に思いをはせてもらいたい」と強調。春日大社の花山院弘匡(かさんのいんひろただ)宮司も「春日と興福寺は二人三脚でやってきた歴史がある。不比等は日本の基礎をつくった人であり、顕彰したい」と話している。

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