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白血病で死亡の兄の思い胸に 24歳女性が伝統の造花

花作りの継承を決意した増田夏海さん=奈良市
花作りの継承を決意した増田夏海さん=奈良市
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 奈良市の世界遺産・薬師寺で毎年3月に営まれている修二会(しゅにえ)「花会式(はなえしき)」。古都に春を告げる風物詩として親しまれ、サクラやモモ、ユリなど10種約1千本の色鮮やかな造花(つくりばな)が国宝・薬師三尊像を彩る。平安時代にルーツがある造花の制作に携わるのが、同市の増田夏海さん(24)。「兄が好きだった花会式を後世に残したい」。白血病のため15歳で亡くなった兄の思いも込め、伝統を守っていくと決めた。(桑島浩任)

 花会式は、堀河天皇が皇后の病気が治るよう薬師如来に祈願し、回復したお礼に皇后が造花を供えたのが由来とされる。かつては僧侶や村人らが花を作っていたが、現在は奈良市内の2軒が無償で行っている。そのうちの1軒が増田家だ。

 夏海さんは幼い頃、祖父の伊佐男さんが自宅で花作りに精を出していた姿をよく覚えている。4歳上の兄、茂樹さんと一緒に眺め、時には手伝った。

 茂樹さんは早くから「花作りは僕が継ぐ」と宣言していた。だが、病魔が襲った。茂樹さんが中学1年の夏を過ぎた頃、倦怠(けんたい)感とめまいが治まらず、風邪に似た症状もしばらく続き、白血病と診断された。懸命の闘病生活が続いたが、茂樹さんは平成17年12月、15歳の若さで亡くなった。

 伊佐男さんが5年前に亡くなり、夏海さんの母、茂世さん(56)が花作りの中心となった。将来的には夏海さんが継がなければ伝統は途絶えてしまうが、花作りは材料となる竹の切り出しから始め、一本一本手作業で仕上げる骨の折れる仕事。無償でもあり、すぐには決断できなかった。

 転機となったのは、大学の卒業論文のテーマに花会式を選んだこと。実家に残されていた資料を調べたところ、「造花仕立要記」という記録が見つかり、増田家が明治時代から花作りに携わっていたと知った。

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