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【夕焼けエッセー】針供養

 2月8日は針供養の日。毎年寒空の下、天満宮で粛々と行われます。

 大きなこんにゃくに折れた針を刺し、日々の針仕事をねぎらい、1年で唯一針を持たない休日でもあります。境内には、和服の人、洋裁の人、中にはそれなんの針?と聞きたい若い男の子も列をなします。

 私は今日も主賓席に見覚えのあるお顔を見つけます。お年を召した、とある和裁学校の社長です。私は若い頃、建築関係の会社に勤めていました。駆け出しのある日、和裁学校から看板の依頼があり、担当することになりました。社長は看板の質感、1ミリ単位のデザインにこだわり、なんて繊細な感覚だろうと、深い印象を覚えたものです。

 その頃私はというと、売り上げの上がらないポンコツ営業ウーマンでした。長い年月をもんもんと過ごしたある日、私はぷっつりと、「自分のやりたいことをします」とお世話になった会社を後にしました。

 やりたいこと、それは着物を仕立てる仕事でした。異世界に飛び込み、初めて針供養に参った日は、心臓が飛び出るほど驚きました。ずっと忘れていた、あのときの和裁学校の社長がいらしたからです。

 その瞬間、ぐるぐるといろんな思いが頭を巡りました。建築は1ミリの世界。和裁は5厘(約2ミリ)の世界。安全第一。約束厳守。ただ、「ありがとう」という言葉のために。やっていることは何一つ変わっていませんでした。気づいたのは、ポンコツだったけど無駄なことは一切していないという、わが人生のすがすがしい答えでした。

 15回目の針供養。私は今年もあの方に声をかけられずにいます。

 社長、覚えていますか。私ヘルメットを脱いで、1級和裁技能士になりました。

森下昭子(47) 大阪市中央区

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