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沖縄と本土結んだ財界人の“架け橋”「沖縄懇話会」の30年

沖縄懇話会の活動が地域発展に影響を与えた
沖縄懇話会の活動が地域発展に影響を与えた

 関西・東京と沖縄の財界人が、沖縄の経済活性化を議論する場として平成2年に発足した「沖縄懇話会」が今年30年の節目を迎える。KDDI傘下の沖縄セルラー電話の発足や、沖縄サミットの招致など同会が直接・間接的に果たした役割は少なくない。発足時から深く関わる元沖縄県知事、稲嶺惠一氏(りゅうせき参与)の証言をもとに、同会30年の足跡を振り返る。(内田博文)

 「中山素平(そへい)氏(日本興業銀行=現みずほフィナンシャルグループ=元頭取)がすべての原点だった」

 稲嶺氏はこう振り返る。同会設立のきっかけのひとつ、国内女子プロゴルフの開幕戦「ダイキンオーキッドレディスゴルフトーナメント」は、中山氏の仲介でダイキン工業がスポンサーとなり昭和63年に始まった。開幕前日のプロアマ大会には著名財界人が多数参加することでも知られる。その後、中山氏が「ゴルフだけでなく、本土と沖縄の経済人が定期的に集まる場を」と提案し、沖縄懇話会が発足した経緯がある。

 平成2年10月の設立総会には沖縄と本土の有力企業56社が参加。本土からはウシオ電機会長だった牛尾治朗氏や秩父セメント(現秩父太平洋セメント)会長の諸井虔(けん)氏、京セラ会長の稲盛和夫氏、日本IBM社長の椎名武雄氏(いずれも当時)らが名を連ねた。

 第二電電(現KDDI)の全国展開を進めていた稲盛氏は懇話会で「沖縄にも会社を設立したい」と提案。地元の産業界も歓迎し、翌年沖縄セルラー電話が誕生したという。稲嶺氏は「稲盛さんは『沖縄のために何かをしたい』とおっしゃった。その後、沖縄は情報産業の規模が拡大し、いまや観光に次ぐ産業になっている」とたたえる。

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