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慶喜直筆の書「誠」発見、「広辞苑」新村出の旧宅で

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徳川慶喜が書いたとみられる「誠」の書(新村出記念財団重山文庫提供)
徳川慶喜が書いたとみられる「誠」の書(新村出記念財団重山文庫提供)

 江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜(1837~1913年)直筆とみられる書が、「広辞苑」(岩波書店)の編者として知られ、京都大教授を務めた言語学者の新村出(しんむらいずる)の旧宅(京都市北区)から発見された。出の養父、猛雄(たけお)が慶喜に仕えていた縁で新村家に受け継がれたという。約1メートル四方の絹地に「誠」と大きく墨書きされ、専門家は押してある印の形から、慶喜が明治になって書いたものと分析している。

 書は縦103センチ・横90センチの絹地に楷書体で書かれている。出の孫で新村出記念財団嘱託の恭(やすし)さん(72)が未整理の資料の中から見つけた。

 3つある印の1つが「慶喜」とあり、慶喜研究で知られる松戸市戸定(とじょう)歴史館(千葉県)の斎藤洋一館長(60)に鑑定を依頼。その結果、印が明治11(1878)年に静岡県沼津市の小学校に贈った扁額(へんがく)と同じで、明治期の慶喜の書と推察されるという。斎藤さんは「明治になってもエネルギーをもって書いたのは興味深い」と話した。

 斎藤さんによると、慶喜による「誠」の書は、将軍在職中の慶応3(1867)年、一橋家7代の慶寿(よしひさ)夫人に贈ったものがあるが、今回の書とは書体も印も全く異なるという。

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