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【夕焼けエッセー】恋文

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 子育てと仕事におわれる毎日だった。朝起きてから夜寝るまでずっと働いているような生活だった。

 貧乏で育ったので、どうしても貧乏にもどりたくなかったし、子供たちにあんな思いをさせたくなかったので必死だったけど、どこか荒れていた。「部室みたいな家」とか「男ばっかりの家族」とか、子供は「よその家のお母さんとうちはちがう」と言っていた。それでも前だけを見ていた。

 ある日、仕事で兵庫県の山里の病院のお医者さんに会いに行くことがあった。遠くまで電車にのりついでいく道中がまるで別世界にいくようだった。車窓からみえる紅葉が輝いていた。本数の少ないバスにのり、立ち並ぶ大きな家にみとれていた。

 病院につくと、人の姿はなく昼すぎのゆったりした時間が流れていた。時間どおりにお医者さんとの連絡も終わり、だれもいない廊下をまたひとり歩いていた。

 迷わずに玄関まで行けるだろうと思いながら、角を曲がると、風のように、白衣の人がごく自然に私と横並びになり、同じ方向をむいて同じ速さで歩いた。広い廊下を2人だけで歩いた。

 さき程、話をした若いお医者さんだった。自然におしゃべりをしてくださり、心地よい空気につつまれたように並んで歩いた。この空気がずっと続く気がした。

 はじめて先生のお顔をみたが、横顔のアゴのラインしか見えなかった。

 ほんの数分歩いただけのあの空気のおだやかさを忘れることができないで、今もあのお医者さんに感謝している。

前幸子(57) 主婦 大阪府東大阪市

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