PR

産経WEST 産経WEST

【昭和39年物語】(47)「救世主」再び…エースの代役、本間奮投

Messenger
「勝、お前が投げてくれ」と本間に先発登板を告げた阪神・杉下投手コーチ
「勝、お前が投げてくれ」と本間に先発登板を告げた阪神・杉下投手コーチ

 そのとき“救世主”は左翼のブルペンからベンチ前の歓喜の輪を笑顔で眺めていた。第1試合を勝った安堵(あんど)感。そこへ杉下投手コーチがやってきた。

 「勝(まさる)(本間の名前)、次、先発行くぞ」

 本間はからかわれたと思った。

 「何を言うてるんですか。次はムラさんやないですか。冗談はやめてくださいよ」

 「ほんまや」

 「洒落(しゃれ)ですか?」

 「洒落やない。ほんまにムラがおらんのや」。杉下コーチから初めて、村山夫人の自殺の詳細を聞き、エースが消えたことを知らされた本間は愕(がく)然としたという。

 「びっくりしたよ。でもね、不思議と“なんでオレが先発やねん”という疑問は湧かんかった。“よっしゃ、投げたる”その気持ちしかなかった」

 39年の本間の成績は29試合に登板して1勝3敗。本人は「情けない数字や」と笑うが、当時のチームメートはみな「本間がおらんかったら、あの年の阪神は優勝戦線から早くに脱落してた」と証言する。その“救世主”が再び立ち上がったのである。

 ◇9月20日 川崎球場(第2試合)

 阪神 000 000 110=2

 大洋 100 000 000=1

 (勝)バッキー27勝9敗 (敗)秋山21勝10敗

 (本)近藤昭(4)(本間)

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ