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ハンセン病元患者家族訴訟 原告「理不尽な家族断絶」

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原告らの思いを盛り込んだ自作の歌を披露するハンセン病家族訴訟原告団副団長の黄光男さん
原告らの思いを盛り込んだ自作の歌を披露するハンセン病家族訴訟原告団副団長の黄光男さん

 長年にわたる国の隔離施策で患者だけでなく、家族も深刻な差別や偏見を受けたとして、ハンセン病元患者の家族が国に対して謝罪と損害賠償を求めた訴訟は5月31日、熊本地裁で判決が言い渡される。原告団副団長の黄光男(ファン・グァンナム)さん(63)=兵庫県尼崎市=は、親やきょうだいがハンセン病に罹患(りかん)し、幼いころに家族と離れて暮らすことを余儀なくされた。その影響は大きく「親子としての感情を抱くことができなかった」と表現。「家族も同じように被害を受けた。それなのに国からは謝罪や補償もない」と訴える。

家族と離れて暮らした幼少期

 黄さんは大阪府吹田市生まれ。1歳の時、ハンセン病にかかった母と次姉が岡山県の国立療養所「長島愛生園」に入所し、黄さんは岡山市の児童養護施設に預けられた。父と長姉は大阪に残り、5人家族は3カ所に離れて暮らすことになったが、その父と長姉も後にハンセン病と診断され、同園に入所した。

 5歳までは児童養護施設の職員に付き添われて年に数回、同園に面会に通った。当時の姉の作文には、弟に会えるのを心待ちにする心情や、たまにしか会えない家族と打ち解けるのに時間がかかる弟の様子がつづられているが、黄さんは「家族との面会の記憶は残っていない」という。

 小学3年のころ、家族が療養所を出て、一家で兵庫県内の文化住宅で生活することになった。環境の変化によるストレスのせいか、黄さんは体調を崩して入院。母は優しく看病してくれ、その気持ちに応えたいと思ったものの「他人行儀な感覚は抜けなかった」(黄さん)という。

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