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悲運のプリンスを見送る姉…飛鳥時代の「最初の斎宮」発見か

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飛鳥時代の最初の斎宮を囲っていた可能性が高い塀跡。調査員が示す柱穴が塀の北東隅にあたり、奥に見える近鉄の線路や森を含む範囲を方形に囲っていたと考えられる=昨年8月31日、三重県明和町の斎宮跡
飛鳥時代の最初の斎宮を囲っていた可能性が高い塀跡。調査員が示す柱穴が塀の北東隅にあたり、奥に見える近鉄の線路や森を含む範囲を方形に囲っていたと考えられる=昨年8月31日、三重県明和町の斎宮跡

 未婚の皇族女性から選ばれ、伊勢神宮に仕えた斎王(さいおう)が暮らした三重県明和町の斎宮(さいくう)跡(国史跡)で、飛鳥時代の斎宮とみられる塀囲いの区画が見つかった。同時代の最初の斎王とされる大来(伯)皇女(おおくのひめみこ)は、謀反の疑いをかけられて自死させられた大津皇子の姉。禁を侵して伊勢にやってきた唯一の肉親である弟を、夜露にぬれながら見送った大来皇女の万葉歌はあまりに有名だ。見つかった遺構は歌を詠んだ舞台の可能性をひめている。

(川西健士郎)

 ■半世紀にわたる調査、ついに出土

 大阪や名古屋から伊勢志摩に向かう近鉄電車が横切る斎宮跡。史跡範囲は東西約2キロ、南北約700メートルに及ぶ。斎王は時代ごとに場所をずらしながら斎宮を営み、重要な儀式のたびに十数キロ離れた伊勢神宮に通ったとされる。

 斎宮制度は飛鳥時代から鎌倉時代まで約660年続いたとされる。ここ数年は飛鳥~奈良時代の「初期斎宮」と呼ばれるエリアで調査が進み、昨年8月に画期的な発見があった。塀で囲まれた方形区画(東西41メートル、南北55メートル以上)の北東隅と塀の内側に沿う建物跡が見つかり、飛鳥時代の最初の斎宮であった可能性が浮上している。

 造営年代を確定させる土器が見つからないが、調査した斎宮歴史博物館の宮原佑治さんは「柱の方向が同じなど建物の方向をあわせて隣接する竪穴建物跡の年代などから、7世紀後半に造営された可能性が高い」と話す。

 11月には、区画の外側に立ち並ぶ同時期の倉庫群の跡も見つかり、重要施設のイメージが高まった。三重大学の小澤毅教授(考古学)は「伊勢神宮を中心とする祭式が整備された天武天皇の時代の斎宮と推定できる」と評価。半世紀にわたる斎宮跡の調査で、ついに最初期の一角が姿を見せ始めた。想像はふくらむが、飛鳥時代の方形区画の解明は始まったばかりだ。

天武天皇の崩御に…

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