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【夕焼けエッセー】管理人との思い出

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 もう10年以上も前だが、東京都内のマンションで一人暮らしをしていた。そのマンションの1階には、老夫婦が住み込みの管理人として働いていた。

 おじさんはチャキチャキの江戸っ子で愛想がよく、毎日大きな声で「おはよう」「お帰り」と住人に声をかけてくれた。ゴミ集積場の清掃もテキパキとこなしていた。おばさんもバレンタインデーにはチョコレートをくれるなど住人から慕われる存在で、私も帰省時に持ち帰った餅(もち)をあげたりしていた。

 ある日、おじさんと雑談をしていると「今日は隅田川の花火大会だね。屋上で花火を見るかい」と言って特別に上げてくれた。残念ながら開催場所からは遠かったため鮮明には見えなかったが、それでも特等席からの花火見物は爽快(そうかい)であった。

 そのマンションから引っ越した後もおじさんのことが気になり、しばらくたってからマンションを訪ねてみた。おじさんは管理人として働いていたが、少しやせていて、以前に比べると元気がなかった。「こないだ大学病院でがんの手術を受けてね…」と教えてくれた。「元気で」と言って別れたが、それが最後の別れになろうとは。

 それからしばらくたち再びマンションを訪ねたが、サラリーマン風の若い管理人に代わっていて、老夫婦の姿はなかった。おじさんの居場所を聞こうと思ったが、もはや住人ではない私に個人情報を教えてくれまいと思い、その場を去った。

 夏になると今でもふと、老夫婦のことを思い出す瞬間がある。と同時に、おじさんが元気なうちに連絡先を教えてもらわなかった後悔にさいなまれる。

 増原伸五(41) 広島市東区

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