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【夕焼けエッセー】命の綱

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 10年前に別れた夫が恋しい、逢(あ)いたくてしかたがない。だが不埒な考えのように思えて悩む。葛藤(かっとう)の末、つのる思いを勇気に変えて、受話器を持つ。元夫はどんな声で出てくるのであろう。3、4回プッシュして気がつく。離婚ではなく死別だったことを-。

 そこでフッと目が覚め、どうしてこんな夢を見たのか、あまりの鮮明さにおかしいやら、しばし思いにふける。

 そうだった、昨日冷蔵庫を掃除していて「カロリーメイト」の缶詰を手に取り、しみじみ眺めていたからだ。

 夫ががんで闘病中、担当医が勧めた飲み物だった。日に日に食欲が衰え、薄いおかゆ4、5匙がやっとというころ、カロリーメイトの缶詰は飲むことができた。

 病室のベッドの先に冷蔵庫がある。私が開閉するたびに「カロリーメイトはなくなってないか」としきりに聞く。「心配しなくても切らさず買っているよ」と答える。夫にはカロリーとつくネーミングが生きつなぐよりどころになっていたのだろう。

 とうとう夫は命の綱と信じていたカロリーメイトも受けつけなくなった。

 亡くなり、冷蔵庫の中には飲みきれなかった1缶が切なく残っていた。改めて表示を読むと「バランス栄養食」とある。たった200キロカロリーだったとは。でも夫に生きる力を与えてくれたこの1缶を、自分が飲んだり捨てたりはできなかった。

 持ち帰って以来10年あまり、亡き夫へしたためた手紙とともにジップロックに入れて、冷蔵庫の隅に眠っている。そして冷蔵庫大掃除のときは夫をしのび、オレンジ色のカロリーメイトの缶をなぜるのだった。

下戸(おりと)宏子(75) 大阪府枚方市

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