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【夕焼けエッセー】ツィゴイネルワイゼン

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 「真夏の夜の夢」というシェークスピアの戯曲があるが、あれは夢ではなく、確かに現実の出来事だった。

 私が高校生だった頃、わが家にステレオが来た。まさに真夏の夜、夕食を終えると、父はいそいそと縁側のガラス戸を開け放ち、ブタの蚊取り線香をつけ、座敷の灯を消し、真っ暗な中、サラサーテのバイオリン曲「ツィゴイネルワイゼン」をかけた。そして、おもむろに籐椅子に座り、ひたすら聴き入っていた、毎晩のように。

 沈黙の中、美しくも切ない旋律が流れると、その音色に魅せられ私もただ父の横に腰をかけ、黙って父と同じことをしていた記憶がある。当時、何が父をそのような衝動に駆り立てたのか知る由もないが、今考えても異様な光景だった。

 親同士のはからいで、マスオさん状態で母と結婚し、祖父の工場で働くことになった父。真面目で研究肌だった父と真逆の商才にたけた祖父との確執は想像を超えていたのだろう。さらに追いうちをかけるかのように、30代半ば、工場内で機械に挟まれ右手の機能を失うほどの大やけどを負った。元来生き方が不器用だった父はそれ以来、名実共に不器用な人間になってしまった。

 ツィゴイネルワイゼンが好きだったのか結局、聞けぬまま父は難病で鬼籍に入ってしまった。昨年で二十七回忌、私もことあるごとに、ツィゴイネルワイゼンを聴き、当時を振り返る日々が増えた。遺伝子のなせる業(わざ)か、あの名曲が父と私を結びつけてくれている。

粕谷陽子(70) パート 兵庫県川西市

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