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支援という名の“闘い” 西日本豪雨半年 消防に聞く(上)

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流された家屋の2階部分で救出活動にあたる消防隊員ら。右端が田中智也隊長=平成30年7月8日(大阪市消防局提供)
流された家屋の2階部分で救出活動にあたる消防隊員ら。右端が田中智也隊長=平成30年7月8日(大阪市消防局提供)

 広島県だけで100人を超える死者を出した昨夏の西日本豪雨では緊急消防援助隊「大阪府大隊」の100隊約400人が広島で活動した。昨年は豪雨に加え、大阪北部地震や台風21号に襲われた府内では府民の危機意識も高まっている。府大隊に参加した大阪市消防局の担当者に当時を振り返ってもらい、教訓を聞いた。

     

 平成30年7月6日。活発化した前線の影響で、東日本から西日本の広範囲に記録的な大雨が降った。市消防局司令課の高垣忠利・警備方面副隊長(54)ら7人は消防庁の要請を受ける形で、午後8時、「指揮支援隊」として、府大隊に先駆けて広島に向けて出発。通常ならヘリコプターで向かうはずが、悪天候のため車両2台で出発。緊急通行を許された高速道を進んだが、何度もUターンや一般道通行を強いられた。

 「岡山で(一般道に)降りたとき、見渡す限り冠水していた。災害が進行しつつある中、一刻も早く現地につかなければならない。身の危険を感じながら進みました」(高垣さん)

 結局、東広島市に着いたのは出発から11時間後。「東日本大震災では津波ですべて流されていた。今回は冠水と土砂崩れ。『山からの津波』でした。救助活動もかなりの困難を極めるだろうなと」。消防隊員の安全を確保しつつ、被災者を救助する…。“ぎりぎりの闘い”が始まった。

     

 府大隊は、広島市安芸区など土砂崩れ現場5カ所で生存者の救助活動にあたった。第一陣で活動した田中智也・本部特別高度救助隊長(44)は、「土石流の上を歩いて、救助に向かった。細心の注意を払ったが、100%安全といえる活動ではなかった」と話す。

 災害発生後、要救助者の生存確率が急激に低下するとされる「72時間」が迫る9日午前。広島市安芸区矢野東の現場では、女性の救出活動が行われていた。

 二次災害の危険の中、隊員2人ずつが5分ごとに交代しながら、手だけが出ていた女性を救い出すため、スコップで周囲の土を掘り続けた。女性を助け出したとき、作業開始から5時間がたっていた。

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