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【阪神大震災24年】経験伝えたい 大阪・豊中の隊員

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阪神大震災で、男性を救出するための穴を開けた居村消防司令補(右端)ら=平成7年1月17日(豊中市消防局提供)
阪神大震災で、男性を救出するための穴を開けた居村消防司令補(右端)ら=平成7年1月17日(豊中市消防局提供)

 阪神大震災から17日で24年。大阪府内で最大規模の被害が出た豊中市で当時、市消防南消防署の救助隊員として活動した居村博和・消防司令補(48)=現・北消防署高度救助隊長=は崩壊した建物から男性を救出したことを鮮明に覚えている。震災を知る消防職員は年々減りつつあるが、昨年は市内で震度5強が観測された大阪北部地震が発生した。「災害はいつ起きるか分からない。震災の経験を若い隊員に伝える責務がある」と話す。(張英壽)

 阪神大震災が発生した平成7年1月17日午前5時46分、当時勤務していた南消防署1階の仮眠室にいた居村さんは激しい揺れで跳び起きた。1階の駐車場は支柱が裂けて中の鉄筋がむき出しになり、天井もやや下がっていた。危険を感じたため、駐車していた消防車などを屋外に出した。しばらくすると、血を流した市民が次々に現れ、救急隊員が応急処置を施したという。

 一方、消防には次々に火災や建物被害などの通報が入り、南消防署の救助隊員として北消防署の隊員と合同で、被災者の救出などのため現場に急行した。

 ある会社の寮では、建物の1階部分が完全に押しつぶされていた。隊員らが「だれかいますか」「返事ができますか」などと声をかけると、押しつぶされた1階からコツンコツンという小さな音が聞こえた。場所を特定すると、厚さ20センチほどのコンクリートの下だった。居村さんらはハンマーやバールで細心の注意を払いながら、縦横40センチほどの穴を開け、北消防署の救助隊長が中に入って男性を助けた。押しつぶされた1階部分で、男性がいた場所は奇跡的に人一人が入れる空間が残っていた。男性は軽傷だった。

 この後も、被災者救出やガス漏れ対応などに懸命にあたった。居村さんは当時、市消防に入って4年目だった。「とにかく無我夢中で必死だった。震災初日のことは忘れることができない」と振り返る。

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