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震災24年 母の死乗り越え乳がん医に

阪神大震災で母親を亡くした、医師の尹玲花さん=東京都中央区(荻窪佳撮影)
阪神大震災で母親を亡くした、医師の尹玲花さん=東京都中央区(荻窪佳撮影)
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 阪神大震災は母の命を絶ち、生活のほぼ全てを奪った。当時中学3年だった尹玲花(いん・れいか)さん(39)=東京都=は、自分だけが暗闇に落ちたような絶望感とみじめさを乗り越え、乳がん専門医の道を選んだ。「震災を経験したからこそ、人のために働きたい」。母ら多くの人の死を目にし、生きる意味を求め続けた末の結論だった。乳がん患者の生死に寄り添う今の姿に、天国の母もきっとほほ笑んでいる。(西山瑞穂)

 平成7年1月17日早朝、神戸市長田区の自宅で激しい揺れに襲われた。手探りの状態で外へ出ると周囲の家は1階がつぶれ、周りから「助けて」という声だけが聞こえてきた。すぐに火の手が迫り、その場から逃げた。自宅にいた祖母と父、2人の兄は無事だったが、近くで営む喫茶店で開店準備中だった母の英子(えいこ)さん=当時(44)=は3日後、遺体で見つかった。

 自宅も全焼し、何が起こったのか実感もないまま毎日を必死に生きた。「かわいそうな子」と思われないよう気丈に振る舞ったが、家族の間ではけんかも増えた。生活が落ち着くにつれ、「知っている人がたくさん死んでいった。この悔しさをバネにしなければ」という気持ちが強くなり、人命を救う医者が目標になった。

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