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阪神大震災24年 ありふれた日常 今度こそ 尼崎の藤原雄大さん

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 阪神大震災で当時56歳の母を亡くした兵庫県尼崎市の会社員、藤原雄大(たかひろ)さん(49)は、生前の母に孝行できなかった後悔が心にトゲのように引っかかっていた。震災の記憶からも目を背けていたが、長女の誕生を機に記憶と向き合うようになった。「ありふれた日常ほど貴重なものはない」。藤原さんは家族に少しずつ思いを伝えている。(西山瑞穂)

 母の岡西ヨリ子さんは働き者だった。藤原さんが4歳のころから、夫婦で神戸市灘区の産経新聞六甲専売所を経営。購読の営業からチラシの折り込み、配達など全ての仕事をほぼ夫婦だけでこなしていた。地域中に母の顔が知られている気恥ずかしさから、小学校高学年になると隣に並ぶことすら避けるようになった。

 その後、専売所をやめ、高校2年で同県芦屋市の文化住宅1階に引っ越した後も、ほとんど会話をしない関係は変わらなかった。震災前日の平成7年1月16日未明、友人の結婚式から帰宅した藤原さんは「何もらったん」と声をかけてきたヨリ子さんに「また明日話すから寝とけ」とぶっきらぼうに答えた。それが母との最後の会話になった。

 震災で文化住宅は全壊。藤原さんと弟は自力ではい出たが、隣の部屋で寝ていたヨリ子さんは数時間後に遺体で見つかった。亡くなって初めて母との思い出が頭をよぎった。「来るな」といった入学式や卒業式で必ずこっそり見守ってくれていたこと-。「俺は今まで何してたんや」。後悔ばかりが募った。

 震災を忘れようと仕事に打ち込み、20年に結婚。22年に生まれた長女には「麦」と名付けた。踏むことでしっかりと根づかせる農業の麦踏みにちなみ、「苦しいことがあってもたくましく成長してほしい」と願いを込めた。同時に「自分も逃げない」と決心した。

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