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【維新150年】文明開化発祥のまち「川口居留地」

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 雑居地では、外国人の需要にこたえる格好で精肉やパン、牛乳の店が開業し、ラムネも販売。大阪で初の西洋料理店やホテルがオープンしたのも川口で、洋服店、クリーニング店、理髪店、カフェがここから誕生した。ビリヤードやオルガン、テニスも当時の大阪市民を驚かせたに違いない。

 府の統計によると、明治2年、川口の人口は52人だった。その後、20年に300人を超える一方、華僑が急増。条約改正で居留地が廃止された32年には清国人が400人を超え、中国人街へと移っていく。

 住民は変われど、川口は西洋と東洋の文化が融合した、「ハイカラ」で「エキゾチック」な時代の最先端のまちだったのである。(今村義明)

 大阪の開市と開港 安政5(1858)年の米・英・仏・蘭・露5カ国との修好通商条約で、大坂(大阪)は外国と商取引ができる市場として開放し、兵庫(神戸)はその外港として開港することが決まり、慶応3年12月7日、開市となった。外国船の入港はできず、通関手続きなどの貿易業務は神戸で行われていたが、諸外国の要求で翌年7月15日、大阪も開港した。

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