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【夕焼けエッセー】じゅんちゃん

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 「じゅんちゃん、じゅんちゃ~ん」と私を呼ぶ母の声がする。母は耳が遠くて、私が返事をしても聞こえない。私が姿を現してやっと安堵(あんど)する。「あんた、どこ行ってたん、いくら呼んでもけえへんし(来ないし)」「洗濯物干しにベランダへ行くと言うたやろ」と私。洗濯物の入ったカゴを抱えた私の姿を見たから一度は理解したはず。でもすぐ忘れるのだ。目の前から消えれば、何でも無くなってしまう。

 亡くなる半年くらい前から、母はどんな世界に生きていたのだろう。なにもかも混とんとして、孫はもちろん、子供の見分けさえ怪しくなってくる。過去の鮮明な場面の記憶はある。懐かしそうに思い出を語る。しかし食事をした、排(はい)泄(せつ)があったことなどはすぐに忘れる。今を生きることで精いっぱいなのだろう。そんな母は、母親がいなければ不安になる幼子のようだった。一緒に生活している私がいると安心する。じゅんちゃんがこの不可解な世界のいかりなのだ。

 母の通うデイサービスの施設で、母の日にカーネーションとメッセージの壁掛けを作る。母のメッセージは「じゅんこへ、いつもありがとう。ははより」。すべてひらがなで幼児のようなたどたどしい字、達筆だった母の字はなかった。そんな母は一昨年逝ってしまった。

 やがて私がもっと年をとり、訳の分からない世界に1人残されたらどうしよう。「じゅんちゃん」と呼んでみようか。心が落ち着き、母と過ごしたときの若い私が応えてくれるかもしれない。「ハイ、なーに?」

 中西淳子(67) 堺市西区

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