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【譲位によせて】(5)建築家・安藤忠雄さん 「共に生きる」価値観もう一度

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インタビューに応じる建築家の安藤忠雄さん=大阪市北区(奥清博撮影)
インタビューに応じる建築家の安藤忠雄さん=大阪市北区(奥清博撮影)

 平和を享受した平成の30年間を通して、考え方や意見をぶつけ合うのを避ける日本人の性分はますます強まった印象だ。物事の本質に向き合い、原点から考えることもしなくなった。人々が「考え抜いて戦う」ということからこのまま逃げ続けるのだとしたら、この国の未来に不安を覚えずにはいられない。

 1945年の敗戦で、日本全土は焦土と化した。そこから死にものぐるいで働き、世界有数の経済大国に成長。どん底の状態から立ち上がろうとするかつての日本人の姿は貧しくとも美しかった。しかし今は、きれいな衣服を身につけながらも表情は死んでいるかのように映る。

 私が青春時代を過ごした60年代は、皆意見をぶつけ合うことを恐れなかった。また当時、日本一周の旅をしたが、家族を大切にし、自然とともに生き、美しい風土とともに生きる人々の姿を各地で目にすることができた。あの時代、日本人はまだ、ぶつかりながらも「共に生きる」ことの大切さを知っていた。

 平成に入り92年のセビリア万博で、日本のパビリオンとして、地上30メートルの木造建築物を設計した。ここでは、世界の誰も見たことがない建物を、皆の力を合わせて「共につくる」ことをまず考えた。建築にあたっては、日本人だけでなく、あえて欧州やアフリカの人々とチームを組んだ。私たちは一つの地球の上に、共に生きている。その価値観を示すことが大切だと思ったからだ。

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