PR

産経WEST 産経WEST

西安寺跡は「四天王寺式」伽藍配置 奈良・王寺町

Messenger
金堂跡から大量に出土した瓦。建立時期は7世紀後半~8世紀初頭とみられることが分かった=王寺町
金堂跡から大量に出土した瓦。建立時期は7世紀後半~8世紀初頭とみられることが分かった=王寺町

 飛鳥時代に創建されたとされる西安寺(さいあんじ)跡(奈良県王寺町)が、塔と金堂が南向きに一直線に並ぶ「四天王寺式」の伽藍(がらん)配置だったことが分かり、町教委が発表した。また、今回の発掘調査で、塔のそばに建っていたと推測される金堂の全体規模も明らかになった。

 平成27年度の調査で金堂跡と想定された場所を含む約60平方メートルについて、町教委が先月から調査。金堂基壇の北、東、南端を相次いで確認し、基壇の規模は東西14・9メートル、南北12・2メートルと判明した。

 建物規模は礎石2個の間隔などから、東西5間(約11メートル)、南北4間(7・6~8・3メートル)と推測。塔の大きさは昨年、法隆寺(斑鳩町)の五重塔とほぼ同規模と裏付けられたが、金堂は他の飛鳥時代の寺院と比較して小規模だったことが分かった。

 また、基壇の南端で大量に出土した瓦の年代から、金堂は7世紀後半~8世紀初頭に建立され、鎌倉時代までに廃絶したとみられるという。

 町教委の岡島永昌学芸員(44)は「今後は門や回廊、講堂の有無など、伽藍の全体像を解明していきたい」と話した。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ