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【倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝】(8)「俺のところはタダやから…」布団に雪、受験準備中の暮らしぶり

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世耕弘一氏が人力車を引いた大正時代の東京周辺の地図(近畿大学の荒木康彦名誉教授所蔵)
世耕弘一氏が人力車を引いた大正時代の東京周辺の地図(近畿大学の荒木康彦名誉教授所蔵)

 世耕弘一が大正5年に旧満州(現・中国東北部)から東京に戻り、神田(現・千代田区)の正則(せいそく)英語学校に通って受験の準備をしていた時代、どこに住んでいたかなどの具体的な資料はないが、苦学生らしい暮らしぶりをうかがわせるエピソードがある。

 「おまえ、なんぼで下宿に住んでいるんや」

 弘一が学友と話しているとき、下宿代が話題にのぼったことがあった。

 「11円を出しておる」

 学友が答えると、弘一は驚いてこう言い出した。

 「11円も下宿代を出しておるんか。そんなことで勉強できるか。俺のところはタダやから来い」

 正則英語学校を創立した英語学者の斎藤秀三郎が手がけた「斎藤英和中辞典」の定価が2円50銭。弘一が主人公の昭和14年発表の実話小説「學生俥夫(がくせいしやふ)」=穂積驚(みはる)著=で条件の良い令嬢の送迎の手間賃が1円50銭とされたことを考えると、11円をもったいないと感じたのかもしれない。

 数日後の夜も暗くなってから、学友は弘一の言う通り身の回りの荷物を両手に抱えて弘一の住まいに越した。遅いからととりあえず就寝した学友が、一晩泊まって朝になって目を覚ましたところ、部屋の状況に仰天した。布団にうっすらと雪がかかっていたからだ。

 「雪が降ったんやな」

 弘一も起き出して、布団の雪を目にしてこともなげにつぶやき、こう続けた。

 「東京では雪は珍しゅうないわい。毎日降るんだ。早う起きて布団の雪を払って日なたへ出さなんだら今夜は寝られん」

 学友はびっくりして、辺りを見回すと、引っ越してきたのが夜だったので気づかなかったが、川の上に丸太や木片などを並べて床をつくり、壁は古道具屋から買ってきた古い障子のようなもので囲っていた。

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