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【倒れざる者~近畿大学創設者 世耕弘一伝】(1)「海を耕せ」近大マグロを生んだ発想

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近畿大学創設者、世耕弘一氏
近畿大学創設者、世耕弘一氏

 「海を耕せ」-。

 この男の固定観念にこだわらない発想が近畿大学による世界初のクロマグロの完全養殖の達成、つまり、近大マグロの誕生につながった。

 近大創設者、世耕弘一。

 「日本は敗戦により国土も海も狭まれた。日本人全員の食料を確保するには、陸上の食料増産だけでは不十分だ。海を耕し、海産物を生産しなければ日本の未来はない」

 弘一は戦後の食糧難の時代にこう語り、昭和23年に和歌山県白浜町に近大水産研究所の前身、臨海研究所を開設した。近大を設立する1年前のことである。

 京都大学から招いた研究者を連れて白浜に行き、養殖といえばコイなどの淡水魚が主流の時代に、日本人の貴重なタンパク源を確保するという海水魚の養殖研究の意義を熱く語り、こう言い放った。

 「ただし、金はない。研究費は自ら稼げ」

 研究者たちは先に養殖に成功したハマチやタイなどを売って資金を工面しながら研究を続け、不可能とされたクロマグロの完全養殖を平成14年に成功させた。これが独創的な研究に挑み、その成果を社会に生かし、しかも収益を上げる近大の実学の象徴といわれる。

 弘一は反骨の政治家の顔を併せ持つ。

 「国民を飢えさせない」「悲惨な戦争は避ける」の原理原則を掲げ、戦前は戦争に突入していく政府の統制経済にかみつき、翼賛政治体制に立ち向かった。

 戦後、弘一はいち早く政界に復帰。内務政務次官に就任して取り組んだのが旧陸海軍の備蓄品が流出し、隠匿されていた隠退蔵物資の摘発だ。隠退蔵物資等処理委員会の全権委任の副委員長として、摘発した物資を市場に流すことでモノ不足の解消とインフレの収束を目指した。

 その奮闘ぶりから民衆に「世直し世耕」と呼ばれたが、結局、謀略によって弘一は副委員長を解任され、委員会も解散となった。

 ただ、作家の松本清張はノンフィクション「日本の黒い霧」で隠退蔵物資の問題を取り上げ、弘一に理解を示しつつ、こう書いた。

 「もし、そのような委員会が無かったらどうなったであろうか。国民は厖大(ぼうだい)なヤミ市の物資の出所が一体どこであって、どうしてヤミ市に流れて来たか、その疑惑の一部をも知ることが出来なかったであろう」

 和歌山の寒村に生まれ、経済的な事情などで中学進学を断念、苦学して大学を卒業し、ドイツ留学を経て教育者、政治家として活躍した弘一は後に「学問への不断の志が私の運命を切り開いてくれた」と語った。その波瀾(はらん)万丈な人生をたどり、時代や境遇に屈することなく、志を貫く大切さを考えたい。(松岡達郎)=敬称略

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