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【話の肖像画】漫画家・水野英子(79)(3)天国のようだったトキワ荘

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トキワ荘取り壊し前に元住人らがふすまに描いた漫画。左下が本人作
トキワ荘取り壊し前に元住人らがふすまに描いた漫画。左下が本人作

 〈昭和33年、東京都豊島区のアパート「トキワ荘」で石森(後に石ノ森)章太郎、赤塚不二夫との合作に没頭した〉

 ペンネーム「U・マイア」の作品は、「赤い火と黒かみ」「星はかなしく」「くらやみの天使」。合作するのは石森さんの部屋です。レコードと本がいっぱいだった部屋の石森さんの後ろに畳1畳空いたスペースにちゃぶ台を置いて、赤塚さんと私が向かい合って描いていました。合作は3人でやると3倍速いかというと、逆に相談しながらやるので、その分、遅れちゃうんです。やがて石森さんが少年誌の仕事が増えて忙しくなり、とりあえずU・マイアは解消し、そのうちやろうということになっていましたが、結局無理でしたね。

 3カ月のつもりで東京に行ったのですが、あんまり面白いから7カ月いました。漫画だけ考えていられて天国だったんですよ。祖母が心配したので下関に帰り、翌年また上京しました。トキワ荘にもう空き部屋はなく、近くの雑司ケ谷にアパートを借り、トキワ荘の通い組になりました。

 〈35年の長編「星のたてごと」は、男女の恋愛を初めて描いた作品とされる〉

 当時の少年漫画は活劇が主で、男女のことはどこの世界の話、という感じ。少女漫画も宝塚のような「お姉さんにあこがれる」という展開はありましたが、相手は男性ではなかった。私には違和感があって、どうして外国文学や映画には描かれているラブロマンスが漫画にはないのか、不満に思っていたんです。戦後に男女共学になっても、中学では誰かと誰かがちょっと仲良しのそぶりを見せたら、学校中が蜂の巣をつついたような騒ぎになって。それをすごく不自然だと思い続けていたんですね。

 〈同作品の主人公は“お姫さま”だが、神でありながら人間を愛したため、地上に落とされたという設定だ〉

 神の身分があって活躍するわけですから、ただの少女ものではありません。連載中はカラーページをもらったり、ページ数を優遇されたりと読者からの反響はよかったようです。クレームは一切ありませんでした。要するに、時代の変化を大人が察知していなかった。「星のたてごと」が受けたのは、時代の要求だったと思います。

 〈当時の作品はオペラや神話に題材を取るなど、構想の大きさが目を引く〉

 身の回りの四畳半的なものに、もう飽き飽きしていたんですね。私たちが見て育ったのは映画であり、手塚治虫(おさむ)先生の漫画であり、外国文学であり、非常に大きなスケールの物語が多かった。実に複雑で面白く、私もトキワ荘の人たちも、そういうところで自分の感性を育てて、そういうものを描きたいとみんなが思っていたんです。

 そういえば、私が上京して3日目に、石森さんのおごりで赤塚さんと3人で映画「十戒」を銀座に見に行きました。これが素晴らしい経験でした。仕事の合間や息抜きに、3人でよく映画を見に行ったものです。(聞き手 鵜野光博)

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