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【昭和39年物語】(12)徳島・海南のエース…耐えて栄冠ジャンボな笑顔

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センバツで優勝した徳島・海南のエース尾崎。このときはまだ「正司」だ
センバツで優勝した徳島・海南のエース尾崎。このときはまだ「正司」だ

 3月28日に開幕した第36回「センバツ高校野球大会」は、史上初の初陣同士、海南(徳島=現海部)対尾道商(広島)の決勝戦となった。

 決勝の前夜、海南の宿舎「網引旅館」では一人の少年が、押しかけた報道陣を驚かせていた。「胸がワクワクしてご飯が食べられない」というナインをよそに、彼は一人お膳に向かってパクパクと食べていた。

 「腹が減って、腹が減って…。4連投? ボクは腹いっぱい食べてぐっすり眠れば、疲れはすぐ取れるので大丈夫です」。この少年こそ、西鉄ライオンズに入団し、その後、日本を代表するプロゴルファーとなった海南のエース・尾崎正司(まさし)である。

 センバツの入場行進曲が前年にヒットした歌謡曲になったのは、昭和37年の『上を向いて歩こう』(坂本九)から。それまでは軍歌や行進曲が中心で、大正13年の第1回大会は『星条旗よ永遠なれ』で行進した。前年の38年は『いつでも夢を』(橋幸夫&吉永小百合)、そして39年の行進曲は『こんにちは赤ちゃん』。ネット裏の特別席には歌手の梓みちよが招待され、「すてきです。もうすっかり感動しちゃった。迫力があって体中がゾクゾク震えてました」と笑顔を振りまいた。

 決勝戦にふさわしい大熱戦となった。

 ◇4月5日 決勝戦

 海 南 000 000 111=3

 尾道商 000 002 000=2

 先手を奪ったのは尾道商。六回2死一、二塁から2点を先行した。これに対し海南は七回に1点を返し、八回には尾崎の起死回生の三塁打が飛び出し同点。さらに九回、1死満塁からスクイズを決めて勝ち越しの3点目を奪った。だが、その裏、勝利を前に海南の内野陣が固くなった。1死から三ゴロ失と一塁手の落球などで二、三塁の大ピンチを迎えたのだ。

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