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当麻寺から舎利容器 西塔は飛鳥時代の創建か?

当麻寺西塔の心柱から発見された、入れ子式の舎利容器=14日、奈良市(安元雄太撮影)
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 三重の入れ子式となった現存最古級の舎利容器が、奈良県葛城市の当麻寺(たいまでら)西塔(さいとう)(国宝)で見つかった。容器は飛鳥時代後期(7世紀後半)の制作とみられることから、平安時代前期の建築とされていた西塔は約200年さかのぼる飛鳥時代に創建され、その後再建された可能性が高まった。

 寺伝によると、当麻寺は飛鳥時代に聖徳太子の弟、麻呂子(まろこ)親王が河内に建てた前身寺院が二上山近くの現在地に移されたとされる。古代の三重塔が東西一対で残る唯一の寺院として知られ、東塔(国宝)は奈良時代、西塔は平安時代にそれぞれ建てられたとされてきた。

 だが、西塔については心柱と礎石の形状が合わないことから、明治~昭和前期の建築史家、足立康(こう)が再建説を提唱。近年には塔周辺から寺の創建期の瓦が出土しており、奈良県文化財保存事務所によると、今回見つかった舎利容器は塔の飛鳥時代創建を後押しする資料となりそうだ。

 寺は現在、本堂(曼荼羅(まんだら)堂)が東を向く伽藍(がらん)配置となっている。創建当初は南が正面で、白鳳期(飛鳥時代後期)の国宝・弥勒(みろく)仏坐像がある金堂を中心に、東南と西南に塔が位置する薬師寺に似た配置だったという。

 西塔の修理を担当している県文化財保存事務所当麻寺出張所の山下秀樹主任は「飛鳥時代の舎利容器が確認されたことで、寺の創建時には金堂、講堂、西塔があった可能性が高まった」と指摘。奈良大の関根俊一教授(日本工芸史)も「舎利容器は寺の創建期のものとみていい。当時から塔があったのだろう」と話している。

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