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70年大阪万博の警備担当者、当時の警備資料残す

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 当時の警備計画概要によると、警備隊本部は財団法人「日本万国博覧会協会(当時)」や大阪府警などからの派遣職員で構成。その下に、太陽の塔がある付近エリアの「中方面隊」と東西南北の計5方面隊が組織されていた。各方面隊は民間の警備会社が受け持ったと記されている。

 砂畠さんはアメリカ館や東芝IHI館といった人気パビリオンがあった西方面隊に所属。「連日人でごった返し、入場制限するなど対応に追われた」と振り返る。最終電車に乗れず、会場内で野宿した来場者もいたといい、「野宿する人たちに毛布を配って歩いたが、そんな日は警備員も帰宅できなかった」(砂畠さん)。

 朝の開場に合わせて目当てのパビリオンにダッシュする来場者を防ぐために、警備員十数人がロープ替わりに手をつないで誘導したことも。今も残る当時の映像などでよく見る光景だが、砂畠さんは「あの誘導は、西方面隊が一番早かったのでは」と胸を張る。

 万博終了後は大学を中退し、親族が勤める警備会社に入社したが、51年に独立。現在は会長として、2025年万博の大阪誘致にも積極的に関わる。

 誘致が実現すれば、70年万博での経験から、バリアフリーの徹底▽来場者が集中する土日や夏休み期間中などの事前の入場規制▽各パビリオン前での熱中症対策▽警備員をはじめとする人材の早期確保-など、提言したいこともたくさんあるという砂畠さん。「70年万博で『安全第一の警備精神』を学び、50年近くたった今もそれを仕事にしている。大きく時代は変わったが、2回目の大阪万博の警備にかかわることが今の夢です」と話した。

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