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【動画あり】江戸期の「淀川三十石船」復活プロジェクト始動へ

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 同社は、流域の自治体や企業にも広く協力を呼びかける方針で、来年度からの運航を目指す。

 一本松榮(さかえ)社長(71)は「三十石船を復活させ、歴史ある淀川と周辺地域を活性化させたい」と意気込む。

 弁天は24、25日、国交省淀川河川事務所が枚方-伏見間の淀川と、宇治川で行う実証実験に参加する予定で、条件が許す範囲で試乗運航も計画している。

 同事務所の担当者は、「長い歴史を持つ淀川の舟運は戦後にいったん途切れてしまったが、八軒家浜から枚方まで船が運航されるようになった。八幡や伏見方面の舟運の復活に向けて実証していきたい」と話す。

大阪と京都結ぶ大動脈

 国土交通省淀川河川事務所などによると、淀川は8世紀末(平安時代)ごろから物資・人などの輸送の中心的役割を担い、大阪と京都を結ぶ大動脈として栄えてきた。江戸時代には1日千隻以上の舟が航行していたという。

 淀川三十石船は、大阪・八軒家浜と、京都伏見・三栖閘門を結ぶ旅客専用の船として江戸時代に登場し、上り下り合わせて1日320便、約9千人が往来したとされる。三十石(4・5トン)の米に相当する荷を積載できたことから三十石船と呼ばれた。

 流れに逆らう上りは、両岸から船に綱を渡して人力で引っ張って進む「曳(ひ)き船」と呼ばれる手法も用いられ、12時間程度かかったが、利便性は高く幕末の動乱期には志士たちも頻繁に利用した。

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