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【EXPO’70秘話 太陽工業の挑戦(下)】1万平方メートルの屋根膜 アメリカ館

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 それでも同社や薮野さんにとっては万博自体が膜構造物の博覧会であり、ここから膜面構造物が世間の目に触れる機会が増えたり、建設省(現・国土交通省)が膜面構造物を恒久的な建築物と認めるための基準を調査・研究するチームをつくるきっかけにもなったりした。

 国内でのドーム形の一般建築物は大阪万博から18年後の昭和63年に完成する東京ドームまで待たねばならなかったが、その後は各地のドーム球場やレジャー施設、空港ビルなど多彩に採用され、海外からも引き合いが続くほどの存在となった。

 「徹夜と不眠不休の連続の1年あまりだったが、46人の仲間と演じた“膜舞台”。成長の場でもあり、優秀な後継者の発掘の場でもあった」と薮野さんは振り返った。

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