PR

産経WEST 産経WEST

【萌える日本史講座】大阪・狭山池の石棺は天皇の墓だった

 重源の功績を記した鎌倉時代の文献には、「狭山池に石の樋を築いた」と記載。出土した巨石は、重源の時代に複数の古墳から掘り出されて水路に転用したとみられ、「狭山池石棺群」と呼ばれる。

 家形石棺は近畿の巨大古墳に多く「王者のひつぎ」と呼ばれる。西川さんは、狭山池では長さ2メートル以上の大型のものが半数以上あることに着目し、「大王クラスの古墳から掘り出された可能性が高い」と推測した。

 2メートル以上の家形石棺は、欽明天皇の墓ともいわれる巨大前方後円墳、丸山古墳(奈良県橿原市、全長318メートル)、金銅製の冠など豪華な副葬品が見つかった藤ノ木古墳(同県斑鳩町、直径50メートル)など天皇や皇子クラスの墓に多い。

候補に聖徳太子の弟

 「博物館の見学者から、狭山池の石棺はどの古墳から運ばれてきたのか質問されることがあるが、研究がほとんどなく回答に困った」と西川さん。巨石は重さ1トン以上あり、遠方から運ぶのは困難とみて大王クラスの古墳が集中する百舌鳥(もず)・古市古墳群から候補を探した。

 石棺は、蓋石の形状から築造時期がある程度分かる。古いものは屋根上部の平坦面の幅が狭く、新しくなるにつれて広くなる傾向がある。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ