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【浪速風】先物市場は世界初 意外に知らない大阪の先進性(10月25日)

堂島米市場跡地に米粒のオブジェ「一粒の光」が完成。関係者により除幕が行われた=10月24日午前、大阪市北区(前川純一郎撮影)
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 大阪では川岸も「浜」と呼んだ。江戸時代、米市場が堂島の浜に設けられたのは、水運で米を運ぶためである。堂島の旦那衆は毎年、浜の字の紋が入った羽織を新調して各界の著名人に贈った。三代目桂米団治が年始回りに着ていくと、お茶や料亭でも扱いが違った-と孫弟子の桂米朝さんが書いている。

 ▼「天下の台所」には全国から産品が集まったが、物価の基礎となる米の値段を決めるだけに、堂島米市場は圧倒的な権威があった。最初は現物取引だけだったが、幕府は享保15(1730)年、米価の引き上げ策として帳簿上で行う一種の先物取引である「帳合米(ちょうあいまい)取引」を公許した。

 ▼米国のシカゴ商品取引所では「私たちの市場は世界で最初に整備された日本の先物取引市場を参考に開設された」と堂島米市場を紹介している。そんな先進性を存外、大阪人は知らない。跡地に巨大な米粒の形をした記念碑ができた。歴史を学ぶと、郷土への愛着と誇りが生まれる。

▼そのほかの【浪速風】を読む(こちらをクリック)

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