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服部半蔵は「不本意な忍者の最終形態」、三重大教授が論考

城の攻略や諜報を得意とした忍者のイメージ。中世には地域の自治を守る存在として大事な役割を果たしたという=伊賀市提供
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 黒装束を着て屋敷に忍び込み、手裏剣を放ってドロンと退散-。江戸時代に幕府や大名の下で諜報活動を担った伊賀・甲賀の忍者が元になったイメージだが、「彼らは忍者の歴史の不本意な最終形態」とする論文が、国際忍者学会の会誌「忍者研究」創刊号に掲載された。著者は戦国時代の歴史研究で知られる三重大学の藤田達生教授。忍者の実像を、かたくなに地域の自治を守った中世の足軽隊に見いだす。

 ■「悪党」の流れ

 国際忍者学会は、これまで学術研究の対象にされてこなかった「忍者」の実態解明を目的に、三重大国際忍者研究センター(伊賀市)などが今年2月に設立。「忍者研究」創刊号は9月に第2回総会が佐賀県で開催されたのに合わせて刊行された。

 忍者とは何者か。諸説あるが、一般的に、南北朝から室町時代に活躍した「悪党」の流れが色濃いとされる。悪党とは荘園領主などの禁圧の対象となった、権威や秩序にとらわれない武装集団。こうした「悪党」の流れに、戦国大名を支えた最下層の兵士「足軽」もいるとされる。

 ■「伊賀の城取」

 論文では、永禄12(1569)年の「伊賀惣国一揆掟書(いがそうこくいっきおきてがき)」を取り上げ、この「足軽」に注目した。入洛を果たし、天下統一に突き進む織田信長が、伊賀に接する伊勢国を平定し、緊張が一気に高まった直後に制定された掟書だ。

 「惣国一揆」とは代官や守護などの圧政に抵抗する百姓一揆ではなく、土豪や地侍による一国規模の統治共同体のこと。掟書には主に攻められた際の行動規範が11条あるが、藤田教授が注目するのは次の条文だ。

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