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【維新150年 大阪の痕跡を歩く】くじ引きで選ばれた切腹「堺事件」

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 南海堺駅を下り、土居川沿いを堺旧港に向かって歩く。工場だった跡地にはホテルやマンションが建ち、水門の向こうに大浜公園と旧堺燈台(とうだい)が見える。堺魚市場近くの水辺の一角に、「堺事件」の顕彰碑(堺市堺区栄橋町)が建ち、碑文に「明治初年仏人撃攘(げきじょう)処」とある。

 阪堺妙国寺前駅から東に徒歩5分ほどの「妙国寺」(堺市堺区材木町東)。織田信長ゆかりの“夜泣きの蘇鉄(そてつ)”で知られる名刹(めいさつ)に2基の供養塔がある。土佐藩士11人と、藩士に殺害されたフランス兵11人。時代が大きく動いた混乱のなかの悲劇を今に伝えている。

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 慶応4(1868)年1月、鳥羽伏見の戦いで敗れた旧幕府軍が瓦解(がかい)し、江戸に潰走(かいそう)した。炎上した大坂城から白煙が漂っていた頃、新政府は“無政府状態”になった大坂に薩長芸3藩の藩兵を置く一方、堺には土佐藩の2個小隊73人が派遣され、治安維持を担った。

 事件は2月15日夕、勃発した。堺港に停泊していた仏軍艦から士官と水兵約30人が無許可で上陸。騒ぎながら市中を歩き回ったため、通報を受けた藩兵が急行した。無断上陸をとがめ、船に帰るよう命じたが、言葉が通じない。そのうち水兵1人が隊旗を奪って逃げたため藩兵が発砲。銃で反撃しながらボートで逃げる仏兵に一斉射撃したのだった。

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