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【関西の力】教育・源流(3)懐徳堂-大坂商人がつくった「学校」 戦災越え今も続く市民講座

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 《まず自己修養につとめ、それから社会に向かって発言する》。《自分が正しく他人が間違っていると決めつけるのは、人間の悪い癖だ》。《仁義の道徳を実践する者には後から必ず利が付いてくる》

 受講生は、学んだ内容を自分だけのものとせず、世の中に向かって発信し、社会に貢献することを求められた。商いを通じて利殖をすることによって最後に何をしたいのかを考えさせたというのだ。

学ぶ心 失わず

 開講以来約140年続いた懐徳堂は明治2年、西欧の学問を重視する文明開化の流れの中でいったん幕を閉じるが、やがて日本人の心に根づいた漢学の長所を見直す動きが強まり、経済界の後押しで同43年、懐徳堂記念会が設立された。

 大正5年には大同生命や住友グループが資金を出して大講堂と2つの小講堂を備えた重建懐徳堂を建て、受講生1800人が集まった。昭和6年にできた大阪帝国大(大阪大の前身)はまだなく、当時は大阪の学校というと、懐徳堂記念会が支える講座を指した。

 30年ほど続いたが、昭和20年3月の大阪大空襲で学舎が全焼し、懐徳堂記念会は拠点を失った。それでも市民の学びたいという気持ちまでは失われず、戦後の26年から市民講座が始まった。通年で開く古典講座のほか、年2回の春秋講座は現在133回を数える。

先駆的な存在「懐徳堂」

 通い続けて10年になるという常連の受講生、小関美乃利さん(75)=大阪市東住吉区=は「日々のニュースをいろいろな角度から眺めて考えられるようになりました」。大企業の総務部門で働く男性も「仕事でも中国の古典から学ぶ教訓が参考になる」と話す。

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