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【関西の力】教育・源流(3)懐徳堂-大坂商人がつくった「学校」 戦災越え今も続く市民講座

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 多くの人材を輩出した適塾とともに大阪大の源流になった「学校」がある。江戸時代、大坂商人が「商いの倫理を学ぼう」と自ら出資して開講した「懐徳堂」だ。企業の芸術文化支援(メセナ)活動の先駆けでもある。戦災などで2度の閉校を余儀なくされた時期もあったが、今も大阪大と在阪企業が協力し、市民講座が継続。生涯学習の拠点となっている。

「商いの倫理」

 「経済原理だけで『良い商い』はできない。格差の広がりが指摘される今の時代にこそ、経営者としての倫理観や理念が問われている」。懐徳堂記念会の理事会が開かれた3月下旬。理事長を務めていた三井住友銀行の蔭山秀一副会長(当時)はこう語った。

 懐徳堂が産声を上げたのは江戸時代中期の享保9(1724)年。当時の学校といえば武士の学校で「町人による町人のための学問」を体現した民間出資の懐徳堂は「異色の存在」(大阪大の湯浅邦弘教授=中国哲学)だった。

 設立のきっかけになったのは、上方を代表する豪商・淀屋の追放という大事件だった。あまりに利益を上げすぎたために江戸幕府に不正の疑いをかけられ、財産を没収されたという。これを教訓に、大坂商人は「商いの倫理」を重視する姿勢を打ち出し、新しい学校を懐徳堂と名付けた。

 一度に70~100人くらいが出席できる講堂で朝、昼、晩と講義があり、丁稚(でっち)奉公の平社員から、番頭や旦那衆といった役員、社長までが学則にのっとり、等しく机を並べて勉強。売掛金の決済を行う毎月5(ご)、10(とお)日(び)は休講だったという。

 テキストには『論語』や『孟子』など中国の古典が使われた。なかでも、受講生に受け入れられたのは次のような教え。

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