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西日本豪雨3カ月 カメラマンが出会った被災地の人々

三宅武志さんは大工としての経験を生かし、一人で被災した知人の家を修復していた=5日、岡山県倉敷市真備町(寺口純平撮影) 
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 西日本豪雨から6日で3カ月がたった。甚大な被害を受けた岡山県倉敷市真備町は、いまなお災害ごみが積み上がるなど、日常を取り戻す道のりは遠いが、現地入りしたカメラマンが出会った人々は、それぞれの思いを胸に、復興に向かい日々を暮らしていた。

 夜のひと気のない住宅地。トントンと槌音が聞こえてきた。訪ねてみると、三宅武志さん(72)が知人の家を修復していた。自身も被災者だが、大工として50年培ってきた経験を生かし、毎朝8時から夜の8時ごろまで手際よく働く。

 豪雨当日、真備町の自宅は2階も浸水。屋根に逃げて助かった。今は倉敷市街地のみなし住居に暮らしながら、毎日軽トラックに資材を積んで真備町に入り、道具を手にする。

 「夜になると周りは真っ暗で、誰もおらん。1軒でも早く完成させて住んでもらい、元の真備町に戻したい」と力強く語った。

 真備町の仮設住宅では、王野道夫さん(72)と和子さん(69)が入居の準備をしていた。今は避難所暮らし。浸水した真備町内の自宅は、今月中旬からリフォームが始まる予定だ。

 「今は笑い事のようだが、被災直後は、人と話をするのもつらかった。仮設住宅の入居が決まるまでは毎日、どうしようかと眠れなかった」と振り返る。

 和子さんは9月27日からスーパーの総菜売り場でパートを約3カ月ぶりに再開。夜明け前に避難所からバイクで通勤し、午前5時から10時まで調理場に立っている。

 新聞にはおせち料理の広告が目につくようになった。「暑い最中に泥まみれで作業していたのに、もう3カ月。正月は仮設かな。早う、元通りにならないと」と前を向いた。

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