PR

産経WEST 産経WEST

【関西の力】教育・源流(1)名利顧みず-緒方洪庵の気概 大阪が誇る学びの場「適塾」

Messenger

 幕末から明治にかけて活躍した多くの人材を輩出した教育機関が大阪にあった。江戸時代の蘭学・医学・教育者、緒方洪庵が開いた適塾(大阪市中央区)だ。各地から集まった俊才たちが切磋琢磨(せっさたくま)しながら、学問を身につけた。適塾で培われた精神は現在にも受け継がれて、いまなお人材輩出を担っている。

扶氏医戒之略(現代語訳)
扶氏医戒之略(現代語訳)

「ここが阪大医学部の精神的源流です」

 大阪大医学部の新入生100人が4月、オリエンテーションのため、国史跡・重要文化財として現存する適塾の建物を訪れていた。

 「ここが阪大医学部の精神的源流です」。洪庵の肖像画や代表作『病学通論』などが展示された部屋で島田昌一教授(神経細胞生物学)の言葉に熱が入った。

 緒方洪庵は文化7(1810)年、下級藩士の三男として生まれ、西洋医学の研究と実践に努め、天然痘の予防接種(種痘)やコレラの治療法の普及に画期的な業績をあげた。

 門下生には、慶應義塾を開き『学問のすすめ』を著した福澤諭吉、陸軍の創始者といわれる大村益次郎ら錚々(そうそう)たるメンバーが名を連ねる。

 適塾は、弘化2(1845)年に洪庵が購入した町家を拡張した。塾生は、成績順に9つの級(クラス)に分かれて学び、寝起きする畳1枚分のスペースも成績の良い者から日当たりが良く静かで勉強に適した場所を獲得する仕組み。激しい競争の中で切磋琢磨し、優れた能力を伸ばしていった。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ