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【関西の力】列車の技術(1)京阪、自前でダブルデッカー 「3000系」車体の土台生かし2階建てに

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富山地方鉄道で走る京阪電鉄のダブルデッカー車8富山地方鉄道提供)
富山地方鉄道で走る京阪電鉄のダブルデッカー車8富山地方鉄道提供)

少子高齢化時代の「重要な使命」

 営業面でもダブルデッカーは重要な使命を帯びていた。関西の私鉄各社は、輸送人員が平成4年前後をピークに年2%程度のペースで減少。少子高齢化に加え、JRや地下鉄などの新線開通で、旅客の争奪戦が激化していた。

 京阪が現状を打破する策を検討した末、たどり着いた答えの一つがダブルデッカーだった。昭和33年の登場以来、人気の衰えない近畿日本鉄道の有料特急のダブルデッカー「ビスタカー」が念頭にあった。

 新造には莫大(ばくだい)な費用がかかるが、改造ならその3~4割で済むと見込まれ、自前の技術部隊が立ち上がったというわけだ。

 約9カ月の工事で生まれ変わった3000系は「関西で唯一、無料で乗れるダブルデッカー」として話題を集め約18年間、京阪路線を走った。平成25年に富山地方鉄道に譲渡され、今も観光列車として活躍する。

JRは事故の教訓

 「私鉄王国」とも呼ばれる関西で戦うJR西日本も8年3月、大阪環状線の通勤電車「103系」の内装の改良に乗り出した。

 103系は昭和38年に登場し、59年までに全国で約3400両が製造された国鉄時代を代表する車両だ。これに平成3年運行開始の「207系」の特徴を取り入れ、扇風機を取り外して天井の吹き出し口からの送風方法に統一するなどして、車内空間を広げた。

JR西日本の網干総合車両所で改良工事中の「207系」(安元雄太撮影、当時)
JR西日本の網干総合車両所で改良工事中の「207系」(安元雄太撮影、当時)

 国鉄時代も含めJR西が通勤電車を改良するのは、103系が初めてだった。「民営化で私鉄に負けないサービスを提供するためだ」と大森正樹車両設計室課長(50)は話す。

 それから20年余りの間に、JR西は1700を超える車両の改良工事を実施。26年には103系の「見本」だった207系も対象となった。

 近畿大学理工学部の谷本浩一助教(49)は「207系の改良は、安全性強化の使命を背負っている」と指摘する。17年に起きた福知山線脱線事故の車両は207系だったからだ。事故を経て、乗客を衝撃から守る技術が一層重視されるようになった。

 JR西の網干(あぼし)総合車両所(兵庫県太子町)などでは、座席の中間に握り棒を新たに取り付け、座席両端の「袖仕切り」を大型化する工事が行われている。加えて、省エネやバリアフリーへの対応も強化した。

 「関西の鉄道会社は、輸送人員の減少や事故などの課題に直面し、車両技術を向上させてきた」と電車研究家の福原俊一氏(64)は指摘する。

(平成29年5月12日夕刊1面掲載 年齢や肩書き、呼称は当時)

 伝統、文化、医学、農業、エンターテインメント、スポーツ…。関西には世界に誇れる魅力あるコンテンツがあふれている。現状の停滞を打破し、突破できる「力」とは何か。この連載では、さまざまなジャンル、切り口で「関西の力」を探る。

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