PR

産経WEST 産経WEST

【プレーバック1964(3)】サッカー日本代表 メキシコ銅メダルの原点  

Messenger

 栄光の銅メダルへの助走は、東京から始まっていた。1964年東京五輪のサッカー1次リーグ。強豪アルゼンチンと対戦した日本は2度にわたりリードを許すものの、後半37分に小城得達(おぎ・ありたつ)が決勝ゴールを奪い3-2で勝利した。当時の五輪にはプロ選手が参加していなかったとはいえ、下馬評を覆す大金星だった。

 この勝利もあって日本はベスト8入りし、開催国としての面目を保った。だが、後に「日本サッカーの父」と呼ばれるデットマール・クラマー氏の薫陶を受けたチームが、真に開花するのは4年後のメキシコ大会。開催国メキシコを下して銅メダルを獲得したメンバー19人のうち、得点王に輝いたエース釜本邦茂をはじめ実に14人が東京五輪のメンバーで占められていた。

京オリンピック サッカー 日本対アルゼンチン 3点目を決めた小城(右)にかけ寄る杉山隆一(18番)ら日本代表イレブン。初戦、強豪アルゼンチンを逆転で破った =1964(昭和39)年10月14日、駒沢競技場
京オリンピック サッカー 日本対アルゼンチン 3点目を決めた小城(右)にかけ寄る杉山隆一(18番)ら日本代表イレブン。初戦、強豪アルゼンチンを逆転で破った =1964(昭和39)年10月14日、駒沢競技場

 その後の五輪で、男子サッカーはこれを上回る成績を挙げられていない。96年アトランタ大会から正式競技となった女子が、2012年ロンドン大会で獲得した銀メダルが唯一の“メキシコ超え”だ。

続きを読む

関連ニュース

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ