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【夕焼けエッセー】どうにも止まらない 

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【夕焼けエッセー】
どうにも止まらない 

 もはや私の手には負えない。

 これはわんぱく盛りの孫の話ではなく実家で兄夫婦と暮らす93歳実父のことだ。

 実は、昨年このスーパー元気印の父は真夜中に七転八倒する腹痛で緊急搬送された。病院で緊急処置を施しながら医師は静かに「恐らく腸の入り口を癌(がん)が塞(ふさ)いでいる」と告げた。そして家族は「ついにその時がやってくる…」。覚悟を決め誰もが厳粛に冷静に口数も減った。本人も力なき声で「一番世話になったたったひとりの姉の墓参りに行きたい…」と言葉少なめにこぼした。まるで終末期の舞台が出来上がっていた。

 ところが3日後、あらゆる検査の結果、「全く異常なし。100歳まで大丈夫」と医師が太鼓判を押したのである。

 ホッとしたのもつかの間、今度は高齢の母が背骨骨折で激痛と闘い数カ月間入院、父はかかさず母を見舞った。それでも見事立ち上がり、おまけに「全て異常なし」。父と同じく母もお墨付きをもらったのだった。

 それからというもの、狭い水槽から大海に放した魚の如くひときわ暴走し始めた父。70歳も過ぎれば高齢者は免許返納の準備に取り掛かると言うのに免許更新、しかも「こんな93歳は見たことがない」と試験官までうならせ、100点満点で見事合格。

 父は、医師から車での長距離は禁物だといわれた母を半ば強引に隣へ乗せ、若者並みに外出や外食に連れ出す。

 猛暑、事故、車のトラブル、心配は尽きない…しかし、長男夫婦や私のお小言など全く耳には入らず、こうなるともう誰にも止められない。

那賀川恵子(64) 徳島県小松島市

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