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【虎番疾風録(24)】御大・西本「勇退」の大騒動…「一旦、口に出したことは絶対に曲げない」

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【虎番疾風録(24)】
御大・西本「勇退」の大騒動…「一旦、口に出したことは絶対に曲げない」

 東京が「長嶋騒動」で揺れている頃、大阪でもひと騒動が巻き起こった。

 9月13日に一部スポーツ紙が「腹は決まっとるが、いま言えば迷惑がかかる」という近鉄・西本幸雄監督の談話を掲載。『西本監督、今季限り』シーズン終了を待って辞任-と報じたのだ。その日、仙台でのロッテ9回戦を1-5で敗れた近鉄は、後期この時点で18勝31敗2分け。5位の南海に2・5差をつけられての最下位。前後期最下位のどん底状態に陥っていた。

 「進退の話をすれば、やる、辞めるどちらにしろチーム内はゴタゴタする。シーズン中はチーム第一。個人のことは後回しや。すべてはシーズンが終わってからや」

 西本監督はこう言って、記者たちの質問を遮(さえぎ)った。だが、それで済むわけがなかった。その日を境に近鉄担当の記者たちは、西本監督、球団代表、電鉄本社上層部そして西本の知人宅などへ毎日、夜討ち朝駆け。あらゆる線をたどって取材に走った。

昭和54年10月16日、パ・リーグを初制覇し、主砲マニエル(右)と肩を組んで喜ぶ近鉄・西本監督 昭和54年10月16日、パ・リーグを初制覇し、主砲マニエル(右)と肩を組んで喜ぶ近鉄・西本監督

 近鉄の担当は当時、各社1人がほとんど。4~5人という大所帯で取材する虎番と違い、すべての責任を1人で負う。当然、新米の虎番記者も“助っ人”にかり出された。

 徐々に筆者にも事情が分かり始めた。西本監督が初めて球団へ「辞意」を漏らしたのは9月初旬。持病の「胃潰瘍(いかいよう)」が悪化したのがきっかけだった。61歳という年齢からくる体力の低下。肉体的限界と成績不振から「身の引き時」と判断したようだ。

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