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【虎番疾風録(23)】“中継ぎ監督”関根潤三 私欲なく心優しく…虎番記者ら、一瞬でファンに

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【虎番疾風録(23)】
“中継ぎ監督”関根潤三 私欲なく心優しく…虎番記者ら、一瞬でファンに

昭和50年巨人・長嶋監督(手前)の元でヘッドコーチを務めた関根氏(手前から2人目) 昭和50年巨人・長嶋監督(手前)の元でヘッドコーチを務めた関根氏(手前から2人目)

 「二浪宣言」なんて想定内。一度断られたぐらいでは大洋漁業・中部藤次郎社長の「長嶋愛」はびくともしなかった。

 「二浪されることになっても、待つつもりです。1年はしかるべき人にやってもらう。その案はもう考えている。ただ、シーズン中でも長嶋さんの気持ちが変わられたら、その時は、すぐに来てもらいます」

 えらい惚(ほ)れ込みようである。それより、そんな球団の身勝手な要求をのんで、“繋(つな)ぎ役”を引き受ける人などいるのだろうか。

 〈殿はどう思います?〉と平本先輩に振ると、「一人だけおるなぁ」という答えが返ってきた。

▼【虎番疾風録(22)】「長嶋愛」届かず…ミスター「二浪宣言」

 しかるべき人。9月29日、サンケイスポーツの1面には『大洋、来季監督に関根氏』のスクープが載った。関根潤三、昭和2年生まれ、当時54歳。法政大学出身、平本の先輩だった。

 「関根さんしかおらん。あの人には“私欲”というものがないから。もちろん、秘めたるところには怖い部分もある。あの根本さんが『関はヤクザや』というたぐらいやからな。でも、心優しい大先輩や」

 関根は45年に広島の監督だった親友の根本陸夫に誘われ1軍打撃コーチに就任。山本浩二や衣笠祥雄、三村敏之ら“赤ヘル黄金期”を支えた名選手たちを育て上げた。長嶋が巨人の監督に就任した50年には、請われてヘッドコーチを務めており、長嶋とは気心の知れた仲。晴れて「長嶋大洋」が誕生した暁には、ヘッドコーチか球団代表のポストが用意されている-とも噂された。

 〈そんな奇特な人がいるんや〉記者が関根の“優しさ”に初めて触れたのはもっと先、62年にヤクルトの監督を務めていたときのことだ。

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