PR

産経WEST 産経WEST

【関西の力】王国誕生(1)宝塚歌劇場、甲子園球場…まちづくりは私鉄が原動力 今に続く経営モデル

Messenger
阪急梅田駅のホーム。小林一三の作り上げた経営スタイルは日本の鉄道のモデルとなった
阪急梅田駅のホーム。小林一三の作り上げた経営スタイルは日本の鉄道のモデルとなった

 箕面有馬電気軌道は、大阪市中心部と観光地だった箕面と有馬を結ぶ路線だったが、小林はまず沿線に新たに住宅地を開くことを思いついた。

 「田園趣味に富める楽しき郊外生活」。開業前に発行されたパンフレットのキャッチコピーも小林が手がけた。当時は借家住まいが一般的で、庶民にとってマイホームは夢のまた夢だった。そうしたなか、「頭金として売値の2割、残りを10年間月賦で払い込むと住宅の所有権を移転させる」という住宅ローンのはしりともいえる販売方法を開発。売り出した日本初の郊外型分譲住宅約200戸は瞬く間に完売した。

 アイデアマンだった小林は、明治43年には箕面動物園、44年には宝塚新温泉をつくり、乗客獲得に乗り出す。その翌年にも国内初の温水プールなどが入った複合レジャー施設をつくるなど、沿線には話題の施設が次々と誕生した。

「官からの自立」を空間で表現

 宝塚新温泉では大正2年、女性客向けに、少女らでつくる「宝塚唱歌隊」を結成。翌3年、温水プールを改装した劇場で、宝塚歌劇団の前身、宝塚少女歌劇の公演が始まった。

 鉄道の歴史に詳しい放送大学の原武史教授は、「小林は単なる経営者ではなく思想家。『官からの自立』を空間で表現しようとしていた」としたうえで「戦前の関西私鉄は他の地域よりずっと先進的だった。どの鉄道会社も導入したことのない技術やサービスを次々と導入した」と語る。

続きを読む

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ