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【紀伊半島豪雨7年・奈良】「生まれ育った村に恩返しを」十津川村への道切り開いた自衛官

笹内茂樹陸曹長。車両は紀伊半島豪雨被災地で使用したのと同型の小型トラック=京都市の陸上自衛隊桂駐屯地
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 平成23年9月の紀伊半島豪雨で道路や通信が寸断され、一時「陸の孤島」と化した奈良県十津川村。道をふさぐがれきや石と格闘し、村への進入ルートを最初に切り開いたのが村出身の自衛官、笹内茂樹陸曹長(53)だった。来年定年退官を迎えるのを前に、7年ぶりに当時の活動を振り返った。(田中佐和)

 「これならいける」。9月5日早朝、がれきと石に閉ざされた村道を前に、笹内さんはスコップを握りしめた。陸上自衛隊大久保駐屯地(京都府宇治市)の第7施設群偵察班長として、村に入る道を捜していた。駐屯地を出発してから約30時間。普段なら3時間半で着く距離だったが、五條市以南の道路がことごとく寸断されていた。最後に思いついたのが、幼少期に自転車で走り抜けた小さなこの村道だったという。

 同僚と2人で一心不乱に落石を動かし、ノコギリで倒木を切断。何とか2メートルほどの幅員を確保し、小型トラックのアクセルを踏んだ。がれきを乗り越え、フロントガラスの前に道が開けたときには一瞬、達成感を感じたという。だが、すぐに言葉を失った。目の前に広がっていたのは、一面泥に覆われた茶色の土地。自分をはぐくんだ美しい緑はどこにもなかった。

 その日から約40日間、村で行方不明者の捜索にあたった。流木が湖面を埋め尽くすダム湖にボートを浮かべ、行方不明者の家族と手がかりを捜した。娘や息子の名前を繰り返し呼びながら「早く出てきて!」と叫ぶ家族の悲鳴は、見つけられなかった後悔とともに今も耳に残っている。

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