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【藤浦淳の鉄道アルバム・列車のある風景】JR紀勢線紀行(1)徐福の伝説今に

(1)徐福が住んだ波田須の集落に大きなクスノキが立っていた(中央やや左)=三重県熊野市(波田須-新鹿)
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 何度も海岸線に近づいたり離れたりしながら、JR紀勢線の気動車はリアス式の海岸線を進む。海も空もその境目が曖昧なほど青く澄んでいる。三重県熊野市波田須(はだす)の小さな集落を、山肌を縫う国道から見下ろすと、一本の大きなクスノキが目に入った。その脇を列車がのんびりと走り去る=写真(1)。

 この木の下に眠っている人がいる、という。徐福(じょふく)である。秦の始皇帝に不老不死の薬を求めての東方遠征を具申した、というからなかなか無謀だ。しかし認められて大勢の従者を連れて出航したというから、帝の信頼は厚かったのだろう。

 日本全国に残る徐福上陸の伝説。ここ波田須では3人の村人が流れ着いた徐福の世話をした、という。かわりに徐福は焼き物や捕鯨、医薬などの文明をこの地に伝えたとされている。

 この伝説に説得力を持たせるのが、明治時代に同じ紀州の串本で起こったエルトゥールル号遭難事件。村人は嵐の中、難破した船から大勢のトルコ人乗組員を命がけで救出して手厚くもてなした。古来、全国から熊野詣でに訪れる人々を迎えた紀州人のホスピタリティの高さは折り紙付きだ。

 そしてここで1960年ごろ、2200年前の中国の古銭が見つかった。それもむろん、徐福上陸の決定的証拠にはならない。それでも集落の向こうに続く荒々しい海岸線の岩場を見ていると、徐福を乗せた船が難破して打ち上げられている様が目に浮かぶようだ=写真(2)。(藤浦淳)

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