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【関西の力】タニマチ気質(3)日本電産トップの英断 名門スケート部存続、「1番以外はビリ」自腹で報奨金

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 半世紀以上にわたり、冬季五輪に所属選手を輩出し続けている企業がある。スピードスケート界の強豪、日本電産サンキョー(長野県下諏訪町)。1957年創部の三協精機製作所スケート部を前身とし、60年スコーバレー大会から2014年ソチ大会まで15大会連続、延べ49人が五輪で日の丸と会社の看板を背負った。98年長野五輪男子500メートル金メダリストの清水宏保(42)も、その一人だ。

永守氏の語録
永守氏の語録

廃部危機を一蹴

 日本を代表する名門スケート部はかつて、存続の危機に立たされたことがあった。清水がこの競技で日本初の五輪金メダルをもたらしてから5年後、三協精機が深刻な業績不振に陥った末、精密小型モーターでシェア世界一となる日本電産(本社・京都市)の傘下に入ったのである。

 「再建計画では、廃部にすることがほとんど決定的だったわね」。日本電産の会長兼社長で、日本電産サンキョー会長の永守重信(72)は振り返る。

 三協精機の03年3月期連結決算は100億円を超える最終赤字。同年4月に入社し、のちに06年トリノ、10年バンクーバーと五輪2大会に出場した吉井(現姓・橋本)小百合は「当時の監督が言うには、チームごと移籍しなきゃいけないかもしれない、と。まさか、という感じでしたね」

▼【関西の力】タニマチ気質(2)「三方よし」選手支える近江商人の哲学 ミキハウス社長「路頭に迷うやないか」

 地元長野から五輪へ-。そんな大志を抱き、憧れのスケート部に加わったばかり。不安は募る一方だったが、杞憂(きゆう)に終わった。

 「三協精機のスケート部がなくなれば、日本のスピードスケート界も崩壊してしまう。野球やサッカーやったら、受け皿は他にいっぱいある。マイナー競技はそうはいかん」。創業者であるトップの鶴の一声で、方針はひっくり返った。

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